大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋家庭裁判所豊橋支部 平成9年(家)773号 審判

申立人 染谷茜こと鄭少華

相手方 丁英俊

事件本人 染谷まゆこと丁玉琴

主文

事件本人の撫養者を申立人と定める。

理由

1  本件記録によれば、次の事実を認めることができる。

(1)  申立人と相手方とはいずれも中国人である。申立人は中国黒龍江省で生まれた。父は中国人である鄭華、母は染谷綾子で中国残留日本人孤児である。申立人は、中国で同じ工場で働いていた際に同僚の紹介で相手方(黒龍江省哈爾濱市○○区○△△××号)と知り合い、1988年9月20日、中国黒龍江省哈爾濱市において、中国法の方式により婚姻をなして夫婦となり、まず申立人が先に来日し、続いて相手方も1990年2月19日に来日して、豊橋市○△町字△△にある県営○住宅×××号に居住し、申立人は○○△の豊橋工場で働き、相手方は豊橋市○×○町にある甲工場(乙自動車の部品製作工場)で働いていた。そして、申立人は事件本人を1990年9月3日に豊橋市内の産婦人科で分娩した。

(2)  しかしながら、申立人は日本での永住資格を取得し、日本で生活していきたいという意思であったが、相手方は家族が中国に居るため、いずれは中国に帰り商売をしたいという意思であったため、次第に二人の生活設計が齟齬することとなって離婚することとなり、1993年(平成5年)3月8日、豊橋市長に離婚届を提出した。

(3)  事件本人の監護については、当初、相手方は中国に連れて帰りたいと主張したが、申立人が事件本人は日本で生まれたのでこちらで育てたいと主張したため、結局、相手方が折れて、事件本人のことはよろしく頼むと申立人に言い残して中国に帰国した。なお、離婚届出用紙の親権者の指定欄には何も記載されなかった。

(4)  申立人は、相手方と離婚後に林田継明との間で林一平を儲けたが、林田継明とも別れ、同人との間で、平成9年12月16日、当庁において、同人が申立人に対し養育料として毎月3万円を支払う旨の調停が成立した。

(5)  申立人は、現在、肩書住所地において、事件本人及び林一平、両親、弟総志と一緒に住んでいるが、近く県営住宅に移る予定である。

また、申立人の○○△豊橋工場での平均月収は11万円であり、平成9年6月からは、週に2、3回スナックで働いており、その収入が5、6万円である。

(6)  相手方は、上記のとおり、中国に帰国したが、どこにいるのか不明である。相手方が来日前に居住していた上記住所は会社の寮で現在取り壊されて存在しない。

以上の事実を認めることができる。

2  国際裁判管轄

本件は、申立人、相手方、事件本人が、いずれも中国人であるから、渉外事件として国際裁判管轄権が問題となる。しかし、わが国にはこの点に関する成文法はないのであるから、条理によって解釈するほかない。そして、子の監護者の指定に関する事件については、子の住所地国の裁判所その他の公的機関が管轄権を有するものと認めるべきであるところ、事件本人は豊橋市内に住所若くは常居所を有しているものであるから、日本の裁判所に管轄権があると認められる。

3  準拠法について

本件については、法例21条を適用すべきところ、同条によれば、本件準拠法は事件本人の本国法である中国法となる。そこで、反致の有無について検討するに、中国の渉外私法にはこの点に関する直接の規定は見当たらない(張青華「中国渉外関係法」119頁)。もっとも、中華人民共和国民法通則(第八章渉外民事関係の法律適用)148条には、「扶養については、被扶養者と最も密接な関係を有する国家の法律を適用する。」と規定されているから、この趣旨を類推すると、子の最も密接な関連のある国家の法律として子の住所地国である日本法が適用される余地も考えられないわけではない。しかしながら、上記中国の渉外規定全体の趣旨は、属人法の決定基準として本国法主義であることも否定しきれない。したがって、中国渉外規定が本件について日本法の適用を認めているとまでは断定できないので、本件が日本法に反致されるとするには至らない。

4  人民法院の判決の代行について

中国法上、日本民法における「親権」と「後見」を区別する概念はなく、「監護人」が「親権者」と「後見人」の双方を包摂する概念として構築されている。そして、婚姻中も離婚後も、子の父母は、特別の事情が起きない限り、いずれも監護人という資格を持ち、法定代理権を保持している。また、この監護人の地位は、父母の離婚後も子女が父母いずれによって撫養されるかにかかわらないものであるといわれている(府川恵子“中華人民共和国の家事調停”「ケース研究」247号、146頁。“中国家族法の概要”「戸籍」651号、43頁以下)。そして、中華人民共和国婚姻法29条3項は「離婚後、哺乳期内の子女は、哺乳する母親により撫養されるのが原則である。哺乳期後の子女について、父母双方の間に撫養の問題で争いが生じ、協議が成立しない場合は、人民法院が子女の権益及び双方の具体的状況に基づいて判決する。」と規定しているところ、この人民法院の判決の代行を日本の家庭裁判所において代行することができるかどうかであるが、当裁判所は家事審判法9条1項乙類4号の審判により代行することができるものと考える。そして、本件のように、子女の一方の親が行方不明の場合において上記規定を適用して、人民法院が判決することができるかどうかであるが、当事者の一方が行方不明であれば、当事者間に協議を成立させることはできないから、この場合も、上記規定に該当し、人民法院は当事者の協議に代えて判決をすることができるものと解するのが相当である。

5  申立人を「撫養者」と定めることができるか

上記認定の事件本人の年齢、監護養育の状況、申立人の収入、家庭環境、家族構成、相手方の所在が不明であること等諸般の事情を考慮すると撫養者を申立人と定めるのが相当である。

(家事審判官 大津卓也)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例